『ウエストミンスター小教理問答 第1、2問』

| HOME || 論壇 | 『ウエストミンスター小教理問答 第1、2問』

『ウエストミンスター小教理問答 第1、2問』 2013年1月6日

問1 人のおもな目的は何ですか。

答 人のおもな目的は、神の栄光をあらわし、永遠に神を喜ぶことです。

問2 神は、私たちに神の栄光をあらわし神を喜ぶ道を教えるため、どんな基準を授けていてくださいますか。

答 旧新約聖書にある神の御言葉だけが、私たちに神の栄光をあらわし
神を喜ぶ道を教える、ただ一つの基準です。


「人のおもな目的」

わたしたちは何のために生まれ、何のために死んでいくのか? なぜ様々な苦しみや悩みに耐え続けなければならないのか? この問いをつきつめたコヘレトは、まず多くの空しさにぶつかりました。

「コヘレトは言う。なんという空しさ、なんという空しさ、すべては空しい。太陽の下、人は労苦するが、すべての労苦も何になろう。」(コヘレト1:2-3)

しかし、神を仰いで、こう結論しました。

「すべてに耳を傾けて得た結論。『神を畏(おそ)れ、その戒めを守れ。』これこそ、人間のすべて。」(コヘレト12:13)
「人のおもな目的」にふさわしく進んでいるなら、どんなときでも希望があります。

「神を愛する者たち、つまり御計画に従って召(め)された者たちには、万事(ばんじ)が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています。」(ローマ8:28)

「旧新約)聖書にある神の御言葉だけが・・・ただ一つの基準です。」

 どうすれば、「人のおもな目的」にふさわしく進んでいけるのでしょうか。神に導いていただくしかない、と聖書は教えます。神は、聖書の御言葉によって、私たちを導いてくださいます。


「羊飼いは自分の羊の名を呼んで連れ出す。自分の羊をすべて連れ出すと、先頭に立って行く。羊はその声を知っているので、ついて行く。」(ヨハネ10:3-4)


「主は羊飼い、わたしには何も欠けることがない。主はわたしを青草の原に休ませ、憩いの水のほとりに伴い、魂を生き返らせてくださる。主は御名にふさわしく、わたしを正しい道に導かれる。死の陰の谷を行くときも、わたしは災いを恐れない。あなたがわたしと共にいてくださる。」 (詩編23:1-4)



『ウエストミンスター小教理問答 第1、2問』 2012年10月28日

問1 人のおもな目的は何ですか。

答 人のおもな目的は、神の栄光をあらわし、永遠に神を喜ぶことです。

問2 神は、私たちに神の栄光をあらわし神を喜ぶ道を教えるため、どんな基準を授けていてくださいますか。

答 旧新約聖書にある神の御言葉だけが、私たちに神の栄光をあらわし
神を喜ぶ道を教える、ただ一つの基準です。


『ウエストミンスター小教理問答 第1、2問』 2012年8月5日

問1 人のおもな目的は何ですか。

答 人のおもな目的は、神の栄光をあらわし、永遠に神を喜ぶことです。

問2 神は、私たちに神の栄光をあらわし神を喜ぶ道を教えるため、どんな基準を授けていてくださいますか。

答 旧新約聖書にある神の御言葉だけが、私たちに神の栄光をあらわし
神を喜ぶ道を教える、ただ一つの基準です。



「人のおもな目的」

わたしは何のために生まれ、何のために死んでいくのか? 
神を無視したままでは、そのような目的に向かって生きることも死ぬこともできない、と聖書は教えます。

「主御自身が建ててくださるのでなければ、家を建てる人の苦労はむなしい。主御自身が守ってくださるのでなければ、町を守る人が目覚めているのもむなしい。」(詩編127:1)


また、
「人のおもな目的」にふさわしく進んでいるなら、どんなときでも希望があります。

「神を愛する者たち、つまり御計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています。」(ローマ8:28)


「旧新約)聖書にある神の御言葉だけが・・・ただ一つの基準です。」

 どうすれば、「人のおもな目的」にふさわしく進んでいけるのでしょうか。神に導いていただくしかない、と聖書は教えます。神は、聖書の御言葉によって、私たちを導いてくださいます。


「羊飼いは自分の羊の名を呼んで連れ出す。自分の羊をすべて連れ出すと、先頭に立って行く。羊はその声を知っているので、ついて行く。」(ヨハネ10:3-4)


「主は羊飼い、わたしには何も欠けることがない。主はわたしを青草の原に休ませ、憩いの水のほとりに伴い、魂を生き返らせてくださる。主は御名にふさわしく、わたしを正しい道に導かれる。死の陰の谷を行くときも、わたしは災いを恐れない。あなたがわたしと共にいてくださる。」 (詩編23:1-4)



『ウエストミンスター小教理問答 第1、2問』 2012年1月1日

問1 人のおもな目的は何ですか。


答 人のおもな目的は、神の栄光をあらわし、永遠に神を喜ぶことです。


問2 神は、私たちに神の栄光をあらわし神を喜ぶ道を教えるため、どんな基準を授けていてくだいますか。


答 旧新約聖書にある神の御言葉だけが、私たちに神の栄光をあらわし神を喜ぶ道を教える、ただ一つの基準です。



「神の栄光をあらわし神を喜ぶ道を教える、ただ一つの基準です。」



「神の栄光をあらわし神を喜ぶ道」は、聖書に導かれなければ、一歩たりとも進むことのできない道です。確かになかなか進まないのはつらいことですが、そのようにして私たちは神の恵みを知り、その恵みにあずかります。
 主は、私たちの「一歩一歩を定め、御旨にかなう道を備えて」くださいます。(詩編37:23)その道を行くときに、主の御言葉は「わたしの歩みを照らす灯」です。闇の中で、小さな灯を頼りにして進むように思われることもあります。(詩編119:105)急いで先へ進みたくても、しばしば残念ながらそうはいきません。
主はその道を行く者と共にいてくださり、「これが行くべき道だ、ここを歩け、右に行け、左に行け」と語りかけてくださいます。(イザヤ30:21)その声はいつも心強いのですが、その声に聞き続けることは、様々な理由から難しいことです。私たちの罪があり、愚かさがあり、怠惰があります。それだけではなく、誘惑もあります。

 また、その道を行く者も、疲れます。つまずき倒れることも避けられません。確かに、主は、「疲れた者に力を与え、勢いを失っている者に大きな力を」与えてくださいます。しかし、たいていの場合、私たちがその力にあずかるのは、十分に自分の弱さを思い知った後のことです。(イザヤ40:29)

 確かに「神の栄光をあらわし神を喜ぶ道を」行くのは、楽なことではありません。しかし、楽々と進まないからこそ、ますます深く神を知り、神を喜ぶことを学びます。神は、神を愛する人々のために万事を働かせて益としてくださいます。(ローマ8:28)学ぶ基準を間違えないようにしなければなりません。


   「旧新約聖書にある神の御言葉だけが、
        私たちに神の栄光をあらわし神を喜ぶ道を教える、ただ一つの基準です。」